大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和47年(あ)1401号 判決 1975年10月24日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は、いずれも、事案を異にし本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、原判決は刑訴法四一一条一号、三号により破棄を免れないものと認められる。

すなわち、原判決は、第一審で取り調べた証拠により、「本件起訴にかかる被告人らのジグザグ行進は、大阪市浪速区日本橋筋三丁目交差点東側から西側にいたるまでの約二十数メートルの間になされたものであつて、右交差点では、昼夜間を通じ交通頻繁であるけれども、ジグザグ行進したその距離は上記のごとく比較的短かく、時刻もすでにラッシュ時をすぎるころであつたこと、横断に際しては同交差点の『進め』の信号に従い、社青同山下勝己ら約六〇名とともに(この社青同梯団は、約三一〇〇名によりなる集団の中央部あたりを行進)道路使用許可条件に定められた経路、通行区分を変更することなく、四列縦隊の隊列のまま互いに腕、肩等を組み、被告人の誘導で歩くよりは少し早い速度で掛声をかけながらジグザグ行進を行い、交差点の西側に達するや、直進状態にもどつていること、その間、前後三回にわたりジグザグ行進を行つたけれども、これに要した時間は約二、三分間にすぎず、ジグザグの振幅も北側が交差点中央付近までのもので大きいものでもなかつたこと、右交差点における当時の交通状況は、西から来た車両が右折(南行)するため待機していたものが一四、五両あつたが、通行人はさほど多くなく、ジグザグ行進によつて特に交通秩序に著しい障害、危険等をもたらしたという程のこともなかつたこと、被告人ら約六〇名の社青同梯団員がただ徒らに気勢をあげ、そのために集団自体の自己統制力に弛緩を生じ、通行車両や通行人と衝突、接触するなど無秩序、又は暴行等の越軌行動にまで発展するおそれがある状態ではなかつたことが認められる。」とし、「被告人の本件行為は、外形的には市条例(昭和二三年大阪市条例第七七号行進及び集団示威運動に関する条例)五条の『公安委員会が付した条件に従わなかつたもの』に該当するものということができるけれども、本件ジグザグ行進は、その規模、速度、隊列、振幅、気勢、当時の交差点における交通状況等を総合考察すると、比較的穏かなものの部類に属すること、および集団示威行進そのものは、表現の自由として憲法上保障されていることをあわせ考えると、社会の通念上、これに臨むに敢えて刑罰を加えなければならない程の違法性を具有するものとは考えられず、いわゆる可罰的違法性がない場合とみるのが相当であり、結局、市条例五条違反の犯罪は成立しないものである。」としているのである。

ところで、被告人は、大阪府公安委員会が市条例四条三項の規定により、群衆の無秩序又は暴行から一般公衆を保護するため必要と認めて定めた「行進は平穏に秩序正しく行い、ジグザグ行進など一般公衆に対し迷惑を及ぼすような行為はしないこと」との条件に違反して約六〇名の者とともにジグザグ行進をしたものであるところ、集団示威行進等の集団行動は、表現の一態様として憲法上保障されるべき要素を有するものであるが、ジグザグ行進のような行為は、このような思想の表現のために不可欠のものではなく、これを禁止しても憲法上保障される表現の自由を不当に制限することにならないのであつて(最高裁昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決参照)、許可条件違反のジグザグ行進は、それ自体、実質的違法性を欠くようなものではなく、原判決は、この点において、本条例五条、四条三項の解釈適用を誤つたものというべきである。更に、本件記録によつて考察すると、本件日本橋筋三丁目交差点は、その位置、規模、当時における交通量等からみると、大阪市における有数の交通の要請であつて、本件当時における交通状況とその渋滞の状況も原判決の指摘する程度のものにとどまらず、また、被告人の誘導したジグザグ行進が同交差点を「進め」の信号で横断し、これに要した時間が約二、三分間にとどまることをえたのは、ひとえにその際警察官によつて信号機を特に自動信号から手動信号に切りかえる措置がなされたほか、適宜の規制がなされ、機動隊広報車からも警告がなされたこと等によるものであつて、被告人らの梯団がその自己統制力を保持していた結果であるとはいえないふしがあるのみならず、前記説示の如く原判決認定の事実を前提とするにしても、これをたやすく実質的憲法性を欠くものと認めることはできず、結局、原判決には、法令の解釈適用の誤り及び審理不尽ないしは事実誤認の疑いがあり、原判決の右違法は、判決に影響を及ぼし、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よつて、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である大阪高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官小川信雄は退官のため評議に関与しない。

(大塚喜一郎 岡原昌男 吉田豊)

検察官の上告趣意<省略>

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